広大な砂漠の周縁で織りあげられる百花繚乱の優美な絨毯、涼しい山岳地帯の直線的な幾何学模様に、クルド族の薔薇の絨毯。イラン各地で織られるペルシャ絨毯には産地によって色やデザイン、厚みや質感に特徴があります。
ペルシャ絨毯は織られた町や地方の名前を産地として表しますが、部族の伝承模様を伝える絨毯は主にその部族の名前で呼ばれます。それぞれの町や部族のペルシャ絨毯の特徴をご紹介します。
イラン北西部、クルディスタン州の州都サナンダジは絨毯の世界ではその古称「セネ」の名前で呼ばれています。人口の大部分がクルド人によって占められるセネの町はクルド文化の中心地でもあり、セネの絨毯はクルド族の絨毯を品質、デザイン共に高度に洗練させたものです。
セネ産のペルシャ絨毯は非常に細やかに織られ、細い毛足は短く刈り込まれて薄手に仕上げられるのが特徴です。モチーフはヘラティ模様が優勢で、ひし形のメダリオンを中心として変化する背景色にそれぞれヘラティ模様を繰り返したものが多くみられます。部族の伝統に基づく高度に様式化した花模様や、より具象的な花模様も多く織られ、洗練された美しさを誇っています。
イラン北西部の町、ビジャーはクルド族の住む小さな町です。
クルド族の絨毯は強く堅牢に織りあげられ、驚くほどの耐久性を誇ります。古くから秀逸なペルシャ絨毯の産地として名を知られるビジャーのペルシャ絨毯は高い技術と芸術性、良質な素材と共にとりわけ強い構成を特徴とし、きつく結んだ色糸に太い横糸を通し、重い鉄櫛で詰め込む堅牢な織り地は「鉄の絨毯」と呼ばれるほどです。きつく織り詰められた毛足は時に垂直に立ち上がり、この濃く充実した毛並みがさらに強靭さを加えます。
深い色合いと抽象的なモチーフを好んだビジャーのペルシャ絨毯はその堅牢さとあいまって凛々しく男性的なイメージを持たれていましたが、19世紀からはヘラティ模様と共にメダリオンや美しい花模様が織られるようになり、バラ色やピンクの色使いが女性的で華やかなイメージへと変貌させました。織りや毛足も往年に比べ薄手になりましたが、独特な技法による厚みと強さは現在も群を抜いています。
ビザンチン様式の「青のモスク」で知られるイラン北西部の城郭都市タブリーズは、何世紀にも渡ってイラン有数のペルシャ絨毯の産地としてその名声を保っています。
長い織りの歴史を誇るタブリーズは、モンゴル帝国に支配され、イルハン国の首都として栄えた13世紀ごろから既に高度な発展とともに産業の中心としての役割をはたしてきました。魅力にあふれるデザインと強い耐久性、そして綿密な織りによりタブリーズのペルシャ絨毯は古くからイラン各地はもとより、海外からも希求され続けています。
近代になっては樹木や花々はもとより、動物、狩猟風景、格子模様、絵画模様とさまざまなデザインが織られ、小さなものから大きなものまでそのサイズも豊富です。高い技術の織り手を有するタブリーズでは近年たくさんの工房が創設され、そこで生み出される優れた絨毯は世界中から引手あまたとなっています。
サルーグはイラン西部、アラークの町の近くの田舎町です。その独特の色彩と美しさにより世界的に愛されるようになったサルーグのペルシャ絨毯の中でもとりわけ良質なものは、ギラスアバッド(さくらんぼの村)と呼ばれる小さな村の家庭で織られています。
現在では多様なデザインが織られるようになったサルーグの絨毯は古くはピンクやパステルカラーが用いられることが多く、伝統デザインの中に見られるヨーグルトで赤みを和らげたサーモンピンクの美しさは殊に目を惹きます。茜の根や葡萄の葉、ザクロの皮、胡桃の殻などの自然素材を使う良質な染めは、サルーグ絨毯の大きな魅力のひとつとなっています。色デザインに並んでウールの良さと強靭な織りも評価が高く、「サル―グ絨毯は使うほどに艶めき、ビロードの美しさを手に入れる」と言われています。
ナスルアバッドは、イラン西部・アラークの町の南にある小さな村です。イラン最古のローリー族を起源とするカギ状のメダリオンを今に伝えるナスルアバッドの絨毯は、かっちりとした様式の中を多種多様な花や動物、愛らしい鳥のモチーフで埋めつくします。
しっかりと堅牢に織りあげられる構成の強さ、美しい見栄えが称えられるこのナスルアバッドの絨毯は、現在まで商業的な影響を受けずに織り継がれてきました。遊牧民族の末裔によって織り続けられているこの伝承模様の絨毯は、数少ない生粋の家庭織りのペルシャ絨毯としてそのオリジナリティーに価値を見出されています。
首都テヘランの南、乾いた砂漠にあるクムはイラン第二の宗教都市です。
近代になって織られ始めたクムのペルシャ絨毯は、魅力的なデザインと心地のいい色彩、そしてきめ細やかな仕上がりにより瞬く間にイラン各地をはじめ世界中に名声を広めました。良質な糸と染色により高い品質の絨毯を織りあげるクムは、シルク絨毯、ウール絨毯共に最も重要な産地としての地位を確立しています。
バラエティーに富んだクムの絨毯は、イランの各産地から際立ったデザインを集め、再構築したものでもあります。優れた材料と美しい色彩により研ぎ澄まされ、自在に織りあげられる多種多様なデザインは、クムのペルシャ絨毯としてより洗練された美しさで見る者を魅了します。
カシャーンはテヘランの南に位置するオアシス都市です。
シルクロードの要地として栄えたカシャーンは古くから優れたペルシャ絨毯の産地として頭角を現し、サファビー朝時代に頂点を極めた高い芸術性を誇る絨毯は現在も世界各地の美術館で見ることが出来ます。
交易地としての役割を終えた今も美しく色鮮やかな絨毯は織り続けられ、織りの技術は高い水準を保っています。素材には近年までメリノーウールが使用されていましたが、現在は主にコラサン地方やケルマンシャー、テヘランで生産される良質のウールが選ばれています。
ナインとは、イランの中央部、イスファハーン北東部の砂漠に囲まれたオアシス都市です。
古くから手織りの男性用マントの名産地として広く知られていたナインは、その繊細な織りの技術を生かして高品質で美しいペルシャ絨毯の産地に発展しました。
ナイン産絨毯の大きな特徴のひとつは、砂漠の都市ならではの澄んだ明るい色合いです。モチーフはイスファハーンの影響を色濃く受け、伝統的なメダリオンやシャーアッバース文様(花の断面図をモチーフ化したもの)が多く見られます。素材には平均的なペルシャ絨毯よりも良質で柔らかなウールが用いられ、シルク絨毯よりもウール絨毯、とりわけウールにシルクを織り交ぜたものが好まれています。
→ナイン産絨毯について
イラン中南部の古都、シーラーズは美しい庭園にあふれ、ハーフェズ廟の丘の見下ろす薔薇と詩人の町です。
カシュガイ族を筆頭に多くの遊牧民族が生活するこの地では織りの歴史は遥か昔にさかのぼります。サファビー朝時代には他の産地の絨毯と同じく発展し、美しさを称えられながらもシーラーズの絨毯は工房に取り込まれることはなく古来の方法で織り継がれ、素朴な遊牧民の絨毯であり続けてきました。
デザインのレパートリーはオールオーバーの花模様からメダリオンまで幅広く、シーラーズのシンボルともなっている糸杉をはじめこの地に咲くスイセンやユリなども題材として数々のモチーフが織りあげられています。シーラーズ近郊に定住した遊牧民をはじめファルス地方のさまざまな部族の絨毯がこの町に集められ、シーラーズ絨毯の名でもそれぞれの部族の名で呼ばれることもありますが、中でもカシュガイ族の絨毯は「カシュガイカーペット」と呼ばれ、ひと際優れた絨毯として扱われています。
ペルシャ語で「村」を意味するアバデはイラン南西部、イスファハーンとシーラーズの間に位置する古い町の名前です。母から娘へと伝えられるアバデのペルシャ絨毯は独特な伝承模様と実用的な堅牢さをその特徴としています。
遊牧民の影響を色濃く受けた文様は下絵がないことに驚かれるほど、ときに緻密で華やかです。殊にカシュガイ族の織るキリムの影響によって織られ始めた「ヘイバトルー模様」は大きな六角形のフィールドと小さく幾何学的なメダリオンが明晰な印象を与えるとともに、散りばめられた動物や小さな草花が遊牧生活を物語る美しい伝承模様のひとつです。
イラン中央部の古都、イスファハンはサファビー朝のシャーアッバース王によって首都として花開き、緑の多い美しい街はペルシャ芸術の中心地となりました。宮廷の庇護により育てられ、芸術の域に極められたぺルシャ絨毯は優美なデザインを次々に生み出し、完成された美しい様式をイラン各地に広めました。
時代の波に揉まれながらもイスファハンの絨毯は現在も、永遠を表すエスリム(唐草)模様、シャー・アッバースの花模様、樹木と動物の模様など、サファビー朝の栄華を脈々と織り継いでいます。
イラン東部・マシャドの南に位置するムードはMOUDともMOODとも、MUDとも表記される小さな町です。この地方特有の良質なウールに恵まれ、ササン朝ペルシャにさかのぼる長い歴史を持つムードのペルシャ絨毯はその中で優れた織りの技術を培い、堅牢で高品質な絨毯としての名声を得るようになりました。
花や樹木を格子に納める庭園模様と、主にメダリオンを主題とするヘラティ模様の2種に分かれるデザインはどちらも明晰な織りが際立ち、殊に特徴的なヘラティ模様は一目でムードのそれと分かります。多くは中心に星のような形のメダリオンを有しますが、一面を細かなヘラティ模様で埋め尽くすオールオーバー模様は空間に広がりと深みをもたらす特有の効果が愛されています。ヘラティ模様の花にはしばしばシルク糸が織り込まれ、細やかな文様を繊細に煌めかせています。
サブゼバールは首都テヘランと東のマシャドを結ぶ、シルクロードの砂漠の町です。農産物の交易で栄えた町でありながら、ほど近い絨毯の生産地、州都マシャドの影響を色濃く受けてとりどりの絨毯が織られるようになりました。少なくとも1555年に遡るといわれるサブゼバールの絨毯はデザインの歴史も長く、その多くには「サブゼバールの花」と呼ばれる、赤と青の花を枝に咲かせるモチーフが見られます。
花にあふれた伝統模様も現代の新しいデザインも秀逸ながら、サブゼバール絨毯の最大の魅力は光沢のあるやわらかな毛並みです。銅の含有率の高いコラサン地方の水はしなやかで艶のある、良質なウールを生み出します。交易拠点マシャドを中心にさまざまな絨毯が織られるこの地でイランでも最高級といわれるウールに恵まれ、サブゼバールの絶妙な絨毯は織りあげられています。
イラン南東部のオアシス都市、ケルマンは度重なる他民族の支配を経たのちサファビー朝の創始者に再建され、ペルシャ絨毯の産地として花開きました。その後また権力抗争に翻弄され、破壊されたケルマンですが、栄華を極めたサファビー時代のペルシャ絨毯は優れた芸術性と高度な技術、最高級の品質により歴史に名を残しています。
20世紀になってようやく復興したケルマンは、海外資本の力を得ながら絨毯産業を再構築してゆきました。女性のショールの産地として栄えていたケルマンの絨毯はほかに見られないやさしい色調と繊細なデザインを特徴としていますが、欧米の需要に答えてさまざまな色デザインが織られるようになり、配色もモチーフも豊かなバリエーションを誇っています。素材のウールには主にケルマンや周辺の産地のものが使われ、糸紡ぎの工場があるにもかかわらず、織り手たちは手紡ぎの糸を未だ好んで使っているということです。
コリアイは、イラン西部ケルマンシャー州にある小さな村です。鷲の巣という名の高い山のふもとに位置するこの村にはその昔、「サファヴィーの鷲」と自らを呼び、その地を支配したクルド族の一派が住んでいます。クルドの伝統を受け継ぐ彼らの絨毯は幾何学的なメダリオンや古風なヘラティ模様などを特徴とし、丈夫な織りにはトルコ結び(対称結び)よりもペルシャ結び(非対称結び)がより好んで使われます。
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